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2017 spring vol.29   18■ドイツといえば、「ワイン」? 日本でワインといえば、ドイツよりもフランスやイタリアをイメージする方が多いでしょう。確かにこれらの国は、世界一、二を争うワインの大産地です。しかし最近は、日本のワイン販売店でもドイツワインを見かける機会が増えました。ただし、まだ「ドイツワイン=白の甘口」というイメージがあるのではないでしょうか。実は、ドイツワインには赤もありますし、甘口だけはなく辛口もあります。そこで今回の地域ブランドとして紹介したいのが、中部ドイツのフランケン地方の辛口の白ワインです。 同地には、東西にうねうねと蛇行してマイン川が流れています。ワイン栽培の北限に近いので、この北岸の勾配を最大限に利用してワイン用のぶどうが植えられているのです。フランケン地方の中心都市ヴュルツブルクに行けば、北側の山にワイン畑が広がっているのが見えるでしょう。また、ここで作られるフランケンワインの特徴は何といっても「ボックスボイテル」という特殊な形状のボトルに入っていることです(下の写真)。■ワインと福祉施設 ヴュルツブルク市の三大ワイン醸造所は、柳原伸洋/1977 年、京都府相楽郡加茂町(現:木津川市)生まれ。東京女子大学(史学専攻)准教授。著作に『教養のドイツ現代史』(共編著)、『日本人が知りたいドイツ人の当たり前』(共著)、『ニセドイツ』(単著、全3 巻)、『軍事史とは何か』(共訳)など。書評サイト「シミルボン」で連載記事を執筆。今から146 年前の1871 年に、何十もの邦国・都市国家を合わせて誕生したドイツは、地方色・都市色の豊かな国です。現在も連「邦」体制を採用し、地域性が強く、方言もかなり残っています。この連載では、食べ物から工業製品など、ありとあらゆるドイツで産み出された「地域ブランド」を、その歴史を中心に紹介していきます。「フランケンワイン」と地域社会の福祉Regionale Produkte in Deutschland第5 回ユリウス・シュピタールのワインホーフ・ケラー、ユリウス・シュピタール、そしてビュルガー・シュピタールだと言われます。後者二カ所には「シュピタール Spital」という語が入っていることにお気づきでしょうか。これは英語の「病院= hospital」と語源が同じで、シュピタールは病者・貧者を援助するキリスト教施設でもあります。たとえば、ユリウス・シュピタールは、病院の経営から、救貧事業や障害者支援、そして養老院や就職支援学校の運営に至るまでの福祉事業を行っています。これらの運営資金は、林業や耕作地の貸し付け、そしてワイン畑から生みだされているのです。 このワインという嗜好品と福祉との結びつきは、ビュルガー・シュピタールだと14 世紀、ユリウス・シュピタールだと16 世紀から現在まで続いています。地域資源であるワインを都市の福祉事業に役立てていく仕組みは、フランケン地方に限らず、ヨーロッパで長らく続けられてきました。これは言い換えれば、困っている地域住民に土地の恵みを還元していると捉えられるでしょう。このように、「キリストの血」であるとされるワインを醸造し、それらを販売し、その収益を利用しながら貧者を救援していく構造が、中世以降のこの地には作り出されてきたということです。このような地域貢献の歴史的蓄積を背景にして、地域ブランド「フランケンワイン」は、現在もなお人びとに愛され続けています。たとえば、ヴュルツブルクの学生カフェでは、フランケンワインがお茶の値段と変わらない安さ(グラス一杯、2.5 ユーロ)で提供されています。■ワイン・ツーリズム さて最近のことですが、シュピタールは他にも地域に貢献しています。それは観光地としてです。前回の記事で紹介した「ロマンティック街道」の北端に位置するヴュルツブルク市は、いわば街道の出発点です。また、巨大空港のあるフランクフルトにも近く、超特急ICE も停車するので、日本人をはじめ観光客も多く訪れます。もちろん、夕食にはフランケンワインを楽しむ人もかなりいます。 しかし、フランケンワインは、そのような飲み物としての消費だけではなく、ワインとツーリズムを融合させた事例としても注目されています。ワイン醸造施設は、週末には一般開放され、見学ツアーが開催されているのです。ここでは、ワインの試飲以外にも、先ほど書いたようなシュピタールの社会貢献の面やその歴史も説明してもらえます。福祉事業は、ツーリズムにおけるPR にもなっているのです。 フランケンワインは、嗜好品であるワインの販売・消費が、地域の福祉・観光とつながっている事例です。困っている人に役立つと思えば、ワインの味もひと味違ってきますし、ちょっとたくさん飲んでもよい感じもします(あくまで私見です)。今後、奈良も観光地として消費されるだけではなく、福祉などで利益を地域に還元できるシステムを構築していく必要があるのではないでしょうか。ユリウス・シュピタールの養老院